「お〜……おかえ、りぃ!??」
「おかえり」の最後が不自然に裏返った。驚きと戸惑いが真上からこれでもかと伝わってくる―なんだか可哀相にも思えてくる。でも、離れてやらない。私は抱き締める力を強くした。
「…?」
ソファに背中を預け、半分寝そべるようにして雑誌を読んで寛いでいたロッズを見た途端、あふれ出した。いつも通りのロッズ。家に帰ってきたのだと―もう大丈夫なんだと彼を見た途端、思った。思ったら止まらなくなった。
家に着くまで我慢していたもの。
我慢して我慢して凝り固まってしまった、もの―あまりに時間が経ってしまったそれは最早、怒りなのか悲しみなのか分別がつかなかったけれど。それらが溢れて、溢れて、止まらなくなったから溜まらず抱きついた。
ロッズの体に飛び込むようにして抱きついた。ソファが軋んで、隣に並んでいたかえるの人形が跳ねて落ちる。
「…。」
そのまま動こうとしない私に彼は一度困ったように溜息を零した後、私の頭に手を置いた。よしよし、と言わんばかりにゆっくり頭を撫でていく。迷いの感じられるぎこちない仕草に、武骨な指先は決して心地良くはなかったけれど。
「…ロッズのばか。」
「な、なんだよ、いきなり…」
「ばかばか。だいきらい。」
「…っ、?…」
「…。」
大嫌い、はないんじゃないの。と強面の顔を潤ませて凹んでいる様が、手に取るように分かる。それでも、私を撫でる手はそのまま変わらずに頭にある。
何も言わずに―何かあったと分かっているだろうに―、抱きついた私を抱き締めてくれる。ロッズの手が頭を撫でては離れ、触れては流れていく。
大きくて広い、ごつごつしてて節ばった堅い手。
だって、だってその手が、
ロッズが。――― あんまりに優しいから、
「…。………すき。」
たまらなくなって盛れた一言は、彼を驚かせその気にさせてしまったけれど、残念ながら疲れきっていた私はそのまま落ちるように眠ってしまった。
ロッズの腕の中。
眠るには堅くて不適切で、あまりに優しい私の揺り籠。
目覚ましの音で目を覚ませば、責めるような。いじけるような泣きそうな物言いたそうなロッズと目があった。その目の下には見事なまでに隈が出来ている。
それをぼんやり見詰めながら、あぁそういえばと昨日のことを思い出した。
私はといえば―なんだかすっかり元気だった。
「……体が凝った。」
でもそれを素直には言いたくなくて敢えて顰め面を作ってみせる。
「オレは寝不足だ。…生殺しだ。」
「あちこち痛いんだけど…ロッズって抱き枕に向いてないね。―堅い。痛い。ごつい。」
「…酷くね!?…てゆうかオレの意思は!良い子にしてたオレへのご褒美は!」
「なに盛ってんだ!ちょ、今、朝っ!!うぜぇ!どけ!!」
「……オレのこと好きなんじゃなかったのかよ…」
「…KYなオバカは嫌いです。あぁ〜!もうこんな時間じゃん!今日朝一番に会議で発表あるんだ…やばい急がなきゃ!…あぁっ昨日化粧落とすの忘れてた!」
「………。…すっかり元気だな」
「なによ。私はいつだって元気一杯です。」
軽くいじけているロッズを適当に相手をしながら、メイクを落としてからまたメイクをするという荒業を成し遂げ慌ただしく着替えてから部屋を飛び出す。
それじゃ行ってきます。と、ドアの前で一度振り返った時、一瞬躊躇ってからロッズに口付けた。
「…今日は、早く帰ってくるから。」
そのまま離れるつもりが、ロッズの指に捉われてあっという間に逆に口付けられていた。押し付けられたドアががたんと荒々しい音を立てて揺れる。
時々思う。いつか私はこの獣に吸い尽くされて死ぬんじゃなかろうかと。
普段は大人しいヘタレの癖にこうゆう時のロッズの目はまさに獲物を前にした肉食獣のそれに似た危ない光を孕んでいる。
全て貪り尽くされて、息も絶え絶え髪はばらばら口紅も見事に落ちて出社前からくたくたになった私の前に、しょうがない程最高の笑顔が眩しく輝いていた。―怒るに怒れなくなってしまった。
「……すげーーー待ってる。」
「…ばか。」
貴方が抱きとめてくれるから、きっと私はまた飛びたてる。
いつものように。いつもの私で。