「。」
狂おしげに名前を呼ばれる。何者にも何物にも捉われない自由奔放な人柄と、いつも人を食ったような余裕の微笑みからは想像がつかない程、切羽詰った声がの心を甘く締め付ける。
「、、。」
何度も、何度でも。留めていた押し殺していた感情が堰を切って外れてしまったかのように、繰り返し、繰り返し、留まることを知らない愛おしさのままに紡がれる。
「愛している。」
この人が、こんなに激しい人だったことを知らなかった。
ずっと、ずっと傍について見てきたはずだったのに。
「俺は、ずっと、我慢するのが当たり前だと思っていたんだ。一番手にしたいと思うものは、決して手に入らないことを―――手に入れてはいけないと、心の何処かで諦めていたんだ。」
王としての責任、王としての立場は彼を孤独にする。
尊い身分であると祭り上げられ、決して同じ輪には入れない。
「それが、仕方のないことだと心に言い聞かせて、押し殺して……思い出の中の世界で生きていた。」
愛するペットに愛する人の名前をつけた。彼等の名前のついたペット達に、昔の愉しかった頃を想った。それが、まるで意味のない行為だと分かっていても。
「――― それで、良かったんだ。」
傍に在るのは思い出だけでも、良かった。
大切な人が、笑顔のまま幸せに暮らしていてくれるのならばそれで良かった。例え幸せを与えてやるのが自分ではなくとも。例え二度と会えない遠い地へ離れようとも。
「しかし、、、それが癖になっちまったのかもしれないな。」
本気で愛することに。
向き合うことに、手に入れることに、臆病になっていたのかもしれない。
ふと、暖かな温度が彼の首にそっと巻きついた。優しくそのまま抱き締められる―守るような暖かさで。それは、もうとうの昔に眠りに落ちたのかと想っていたの小さな手だった。
「いいよ。大丈夫。怖がらなくても…私は、貴方の傍にいるから。いなくなったりなんてしません…想い出になんて、ならないから」
――― ずっと、ずっと、傍にいるから。
の小さな声は宥めるように甘く囁く。彼の不安を言い当てたような、の真摯な言葉はピオニーの心に真っ直ぐ届きじんわりと解してゆく。
「…。」
その細い体を抱き締める。肌と肌がぴったりとくっついて、互いの温度が混ざり合って溶けていく。小さなは少し苦しそうに身じろいたがそれでも幸せそうに目を閉じた。
「愛してる…もうお前を手放したりなんか、しない。」
もう二度と離れない―離さない。
甘くて気だるい眠りが二人を静かに包み込んでも、ピオニーはを胸に抱いたまま離さなかった。やがて朝が来てぼんやりと目覚めたが――― 恐ろしく恥ずかしい現実に気がついて悲鳴をあげるまで、ピオニーは酷く幸せで安らかな眠りの中にいた。
おそらくそれは、初めて味わう幸せな夢だった。
Le lever du jour
暖かな夜明け